西金沢のまわりには、いま2本の鉄道が走り、かつてはもう1本が走っていました。その歩みは、このサイトの鉄道記事5本に分けて書いてきました。ここではそれを1枚の年表にまとめます。

並べてみると、駅ができ、線路が消え、残ると決まるまでが、ひと続きの話として見えてきます。

この記事は既存の5本の記事に書いた年号だけで作っています。各行の詳しい経緯は、リンク先の記事をご覧ください。

明治〜大正 — 3本の線路がそろう

年月日できごと記事
1904年11月1日松金馬車鉄道が松任町〜有松間で開業松金線
1905年11月22日有松〜野町間が開業し、金沢側とつながる松金線
1912年8月1日国鉄北陸本線に「野々市駅」(初代)が開業。いまの西金沢駅西金沢駅
1915年6月22日石川電気鉄道が開業し「新野々市駅」が誕生。いまの新西金沢駅石川線と新西金沢駅
1916年3月13日松金線が改軌・電化松金線
1919年2月2日金沢電気軌道が金沢駅前〜兼六園下で開業。のちの金沢市内線青電車
1925年10月1日野々市駅が「西金沢駅」に改称西金沢駅
1926年2月10日新野々市駅が「新西金沢駅」に改称石川線と新西金沢駅

国鉄の駅と私鉄の駅が、どちらも最初は「野々市」を名乗り、4か月違いで「西金沢」に揃えていった。年表にすると、この追いかけっこがよくわかります。

昭和 — 戦争と廃線の時代

年月日できごと記事
1942年統合により、松金線が北陸鉄道の路線に松金線
1944年4月18日資材供出のため、松金線の野々市〜野町間が廃止。押野丸木駅もこのとき消える松金線
1945年市内線が新線を開業。レールは廃止された松金線から転用青電車
1947年度市内線の利用がピークに。年間約3,900万人青電車
1955年11月15日松金線の松任〜野々市間が廃止され、全線が姿を消す松金線
1956年1月1日押野村が金沢市に編入。西金沢駅が金沢市の駅になる西金沢駅
1967年2月11日金沢市内線(青電車)が全線廃止青電車
1970年4月1日石川線の白菊町駅が旅客営業をやめる(1972年9月20日に正式廃止)青電車
1977年石川線の年間輸送人員が291.5万人。これを山に減っていく石川線の存続
1987年4月1日国鉄分割民営化で、西金沢駅がJR西日本の駅に西金沢駅

1944年に松金線から外されたレールが、翌年には街なかの路面電車の線路になっている。消えた線路と残った線路が、ここで一度つながっています。

平成〜令和 — 「残る側」になる

年月日できごと記事
2011年10月2日西金沢駅の橋上駅舎と東西自由通路が完成、西口が誕生西金沢駅
2022年5月石川線の存廃を話し合う協議会が設置される石川線の存続
2023年8月沿線自治体の首長会議が「鉄道での存続が望ましい」で一致石川線の存続
2024年1月みなし上下分離方式の導入で合意石川線の存続
2024年3月16日北陸新幹線の敦賀延伸で、西金沢駅がIRいしかわ鉄道の駅に西金沢駅
2024年12月鉄道事業再構築実施計画が認定石川線の存続
2025年4月15年間・総額約132億3,000万円の見込みの支援が始まる石川線の存続
2025年11月4日石川線の愛称が「白山ジオパークライン」に決定石川線の存続
2026年3月28日記念ヘッドマークの掲出と駅名標へのロゴ表示が始まる石川線の存続
2027年度(予定)新型車両「1M系」の営業運転開始石川線の存続

並べてわかること

  • 3本の線路のうち、松金線は1955年、青電車は1967年に消えた
  • 西金沢駅は国鉄 → JR → IRと、運営会社を3度変えながら同じ場所にある
  • 石川線は一度バス転換が検討され、2023年に鉄道で残る方向が決まった

1904年の馬車鉄道から数えて、120年あまり。途中で消えた線路も含めて、西金沢はずっと「乗り換えの場所」だったといえそうです。

参考